思い出の向こう側

好きなものや思い出について書いたりしています

遅ればせながらくるりにハマってしまった話

前回の記事で書いた、Homecomingsとくるりの対バンライブに行ってから、くるりに見事にハマってしまった。冬の終わりの陽気と京都の風景にはくるりがよく似合っていて、だから歩きながら聴いていることが多い。

 

ずっと好きになりたくて、でもなんだかわからないままだったくるりくるりの良さがわかる、そんな大人になりたかった頃があった。背伸びをして大人になろうとしても、その頃の私にはまだ苦くて、結局私はずっと子供のままだった。

 

数年前までなら、仮にライブで聴いてもまだ刺さらなかったかもしれない。Homecomingsもそうだし、家主だったり田中ヤコブだったり、あるいは羊文学であったりを聴き始めて、少しずつくるりに近づいていって、今私の心に届くようになった。音楽の作りとしては彼らがくるりの影響を受けている側だから逆輸入のような形ではあるけれど、でもそういうルーツを辿っていく聴き方ができるのは音楽の楽しみの一つでもあると思う。

Homecomingsとくるりの縁、Homecomingsに私が出会った縁があって、それらが繋がって今こうして私はくるりと出会ったのだと思う。京都という土地が生んだ縁が、京都を離れるときにこうして表れるというのはなんだか不思議な気がするね。

 

以下、好きになった曲を貼っておきます。まだファン歴1週間経ってないくらいのにわかファンなので、ベスト盤に入っているような曲しか聴けていないですが。

ハイウェイ

「僕が旅に出る理由は」から始まるのがとても好き。「百個くらいあって」なんて言うくせに「ここじゃどうも息も詰まりそうになった」「今宵の月が僕を誘っていること」「車の免許とってもいいかななんて思っていること」の3つの列挙で済ましてしまうところも好き。その理由も全然重くないというか、割と軽く旅に出ているのに、さらにあとから「僕には旅に出る理由なんて何一つない」って歌って理由を手放すというか、解き放たれていくのがいい。どんどんふわっとしていくというか。

さよならリグレット

ピアノの旋律がとても好き。歌も音の響きが好きで、「夜汽車はコトコト」とか「思い出ぽろぽろ」とかがピアノの転がるような音とマッチする。「夢なら醒めてよ 途中でいいけど」とか、「君の声もわかるけど 忘れそう」とかもなんかいい。

八月は僕の名前

歌い出しから引き込まれる。特に好きなのはサビの「今から僕は眠るから 今なら僕は夜の天使 今ならあなたの名前を思い出せるから」のところ。それに続く「夢を思い出せないまま 深い森の中で たった少しの寂しさと 一緒に眠ったよ」のところも込みで好き。歌の中にある余白というか、抽象的にぼやかすその距離感がとても上手だなとくるりを聴いていると思う。

 

There is (always light)

素直にイントロからクソかっこいい。「さよなら 別れはつらいものだとして ありふれたもので溢れかえる 暮らしを捨てて 行くの何処へ 海鳴りのする方 便り出せば届く そんな時代に生まれたんだよ僕らは 大したことない」大丈夫、また会えるんだ。

「There is always light bihind the clouds 明日までに晴れるさ Love the life you live / Live the life you love / Until you will die」というサビも、繰り返されるうちに最後が「Until we meet again」になるところもすごく好きで、生きていく力になる曲。

 

ワンダーフォーゲル


「ハローもグッバイもサンキューも言わなくなって こんなにもすれ違ってそれぞれ歩いてゆく」が好きです。あとかっこいいね。

 

ワールズエンド・スーパーノヴァ


 かっこいい。「僕は風になる すぐに歩き出せる 次の街なら もう 名前を失った 僕らのことも 忘れたふりして」とか、こう言う言葉を使えるようになりたいと思ってしまう。「どこまでもゆける」

 

他にも「魔法のじゅうたん」「言葉はさんかく こころは四角」「Superstar」あたりがお気に入り。ライブで聴いた「春風」「ブレーメン」「Remember me」も。これからちょとずつ色々聴いて行けたらいいな。出会えたことに感謝。

 

(追記):

Coccoくるりで組んで作られた、大好きな曲を置いておきます。


 

Homecomings New Neighbors FOUR Won't You Be My Neighbor?

2/10。

京都のKBSホールで行われたHomecomingsのライブに参加してきました。

 

このライブをもってドラムの石田さんが卒業することもあり、現体制でのラストライブ、集大成的な要素のあるライブになることがわかっていた。ゲストも、最初ライブが発表された時はシークレットだったけど、くるりであることが後に発表されていた。まあ最初から予想はしていたんだけど。

 

現体制ラストライブ、そして初めて見るくるり。楽しみと寂しさを抱えながらのライブはとても素敵なものでした。

 

まずくるりくるりに関しては今まで全然聴いていなくて、「ばらの花」は好きだけど他はよくわからないな、みたいな状態だった。予習もせずに臨んだんだけど、まあ最高でしたね。とてもかっこよかった。

ブレーメン」から始まった。ここでもう心を掴まれた。本当に、「うわすげぇ」って一発で。聴いたこともなかったのにね、今では大好きな曲。

これはオーケストラVerだけど。

 

「春風」「飴色の部屋」がなんかいいなって思った。「琥珀色の街、上海蟹の朝」ではゲストボーカルとしてHomecomingsの畳野さんを迎えていて、これもまたとてもよかった。「everybody feels the same」とか、もう楽しくてしょうがなかった。音が楽しいと書いて音楽、それを体現しているかのような曲たちが続いていた。

MCではHomecomingsのことが大好きなんだと語っていて、そのことがすごく嬉しかった。あと、客席に向かって「どうかHomecomingsを紅白に連れて行ってください」というようなことを言っていて、それは本当にそうなるといいなと思う。この音楽をもっと広めたいな。

そしてラスト、「Remember me」。

この選曲、くるりからHomecomingsへのメッセージでしょ。

 

続いてHomecomingsのステージ。

普段は最後に持ってこられることの多い「Songbirds」から始まって、新鮮だったしアガった。そしてそのコーラスの美しさに、石田さんの卒業の寂しさを感じていた。「Cakes」「ラプス」と近年の良曲を続けたあと、英語詞の「PAINFUL」「LIGHTS」。集大成的なというか、満遍なくこの10年の歩みを振り返るようなセットリストになっていた。どの曲も好きで、とても美しい時間だった。特に「LIGHTS」が好きです。

そして「光の庭と魚の夢」。音源ではくるりの岸田さんがストリングスで参加していた曲だったからステージでも見れるかなと思ったけど、そんなことはなかった。でもこの曲を岸田さんの前で演奏することに意味があるのだと思う。

euphoria/ユーフォリア」「Here」「Shadow Boxer」と続く。「Shadow Boxer」では照明の演出で白い横の壁に演奏するメンバーの影が映っていたのだけれど、これがとても美しかった。特にドラムの石田さんのシルエット。これがもう見られないなんて……。そして曲の最後に全員ドラムのところに集まっての畳みかけ、もうとても綺麗な空間だった。

 

そして「大好きな曲です」という紹介で始まったのが、くるりの「ハローグッバイ」のカバー。「Remember me」へのアンサーのようでもあり、でもそれはなんだか悲しい気がするから考えすぎかな。いずれにせよこの日が一つの別れの日だから、それはやはり「ハローグッバイ」なのかな。とても素晴らしい演奏でした。

そのあと、「新曲です」と言いながら披露された次の曲(「Moon Shaped」)もまた素晴らしく、Homecomingsの未来の明るさに期待を抱かずにはいられなかった。しかしその新曲でも石田さんが当然のようにドラムを叩いているものだから、辞めない未来を思い描いてしまうね。

「Corridor(to blue hour)」からの「blue hour」、そして「US/アス」で本編ラスト。とても美しかったな。終わりには石田さんがずっと泣いていたように見えた。

アンコールでは「I WANT YOU BACK」。Homecomingsの始まりの曲で、だからすごく物語を感じるし、卒業のタイミングでこの曲なのめっちゃいいなと思う。卒業してしまうけれど、いつかまた戻ってきてくれるといいなって思いも。アンコールでは舞台脇のスペースでくるりの岸田さんが見ていて、本当にこの人はHomecomingsのことが好きなんだなって思った。

 

そしてラストが「HURTS」。ステージの後ろにかけられていた布が取り払われ、KBSホールの美しいステンドグラスをバックにして演奏される「HURTS」、もう最高以外の言葉が見つからない。急遽この曲だけ撮影可にしてくれたんだけど、楽しむことを優先させたので結局撮らなかった。後悔は全くない。最後に燃え尽きた。

 

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改めて、石田さん卒業おめでとうございます。とにかく美しいドラムでした。またいつの日か。

五島での2週間の島暮らし

1月の後半から2週間ほど、五島列島福江島に滞在していた。

目的は免許を取るためで、いわゆる合宿免許ってやつ。そしてなんとか卒業し、久しぶりに島の外に帰ってきた。

教習は慣れない運転に苦労し、自分の運転センスの無さに落ち込んだりもしていたけれど、案外慣れるもので最後の方はなんとか運転できるようになっていた。第一段階(仮免許のための教習)のところでみきわめに落ちて2日延泊したものの、他は危ないながらもクリアできた。車を買う予定もないし、免許を取得してすぐに運転するかというとまあそんなことはないと思うんだけど、定期的に走らせないと体が忘れてしまうような気がするのでレンタカーを借りたりして少しはドライブするかな。

とりあえず18日間の寮生活を終えて少しホッとしている。教員の人も丁寧に教えてくれていたし、友達もできたし、楽しんでいる間にあっという間に終わった気がしているが、それでも慣れない生活にだいぶ疲れが溜まっている。京都に帰ったら少しゆっくりしようかな。

 

とりあえず五島は綺麗でいいところでした。以下綺麗な写真を載せておきます。

自動車学校の目の前の海、大浜。すごく綺麗で、教習の合間によく見にいっていた。曇り空の時でも色が綺麗だったから本当に綺麗なところなのだと思う。

大浜で潮が引いたときに現れる苔。波の形に削られた砂浜もなんだか面白い

曇り空が広がることが多かったけれど、雲の隙間から天使の梯子が見えることもよくあった

自動車学校から1キロくらいのところにひっそりと、とても雄大に広がっていた菜の花畑。
友達に教えてもらったこの場所は隠れた名所だと思う

雪が降った日。五島では色々なところで椿が咲いていて、春なのかなと思っていたけれど、でも確かにまだ冬なのだと知らされた日でもあった

鬼岳からの景色。これは昼間だけど、夜に鬼岳まで教習で車で来たときの夜空はとても綺麗だった。降ってくるかと思うくらい、星がたくさんあった。写真に残せなくて残念

堂崎の海と、堂崎教会。日曜は教習所が休みだったので、自転車を借りて観光していた

高浜海水浴場。有名なところ。1枚目と2枚目はほぼ同じ場所からの眺め(2時間差)で、
潮の満ち引きがわかる。3枚目はなんかいい感じに水鏡ができたのでお気に入り

 

福江島をサイクリングしていて出会った、色々な海。どこもかしこも綺麗で困ってしまう。なんで五島の海はこんなにも綺麗なのだろうか

辞本涯という、三井楽半島の北端に位置するところからの海。他の海と違い荒々しく、動的な美しさに感動していた。この感動は写真では伝えきれないから是非行ってみてほしい

大瀬崎にも行きたかったのだけれど遠すぎて断念したし、他の島にも結局行けず仕舞い。まだまだ五島で回りたいところがたくさんあるので多分また来ると思います。その時はレンタカーを借りて、かな。

家主「石のような自由」

去年の暮れにリリースされた家主の新譜「石のような自由」。これがとても良い。

 

家主 - 石のような自由

各配信サイトで配信されているので是非。CD版は3/6発売とのことです。

 

全11曲で、なんというか全体的にいい意味での開き直りが表現されている。家主の以前の曲で言えば、「オープンカー」での「僕たちの金なんだ どう使っても構わないだろう」みたいな。誰からどう言われようとこれが家主なんだ、っていうのを感じている。あとその開き直りは孤独でいることの開き直りでもあるような感じがあって、「ひとり」でいることを歌っているアルバムであるような気がしている。

 

1.「SHOZEN」

「悄然」という感情を歌っていて、それはこのアルバムを通してのテーマなのかもしれないななんて。「僕は僕を責めるのやめよう」「僕が蒔いた絶望の種が 希望という名の花をつけるかもしれないし」なんて歌うのに、「悄然」という気持ちを別に解消しようとするわけではない、という言葉の使い方が好きですね。

 

2.「きかいにおまかせ」

「時間通りに起きるのがツラくなってきたんだ」から始まって、「今はなんだかそんな日々の渦の中で なんとなく平泳ぎ」ってフレーズが好き。なんとなく平泳ぎ。

 

3.「庭と雨」

イントロのギターフレーズから好きです。なんかかっこいいねこの曲。間奏とかでもかっこいい。

 

4.「歩き方から」

なんかめっちゃ暗めの曲。「今持つべきものは自信で」と言い聞かせる曲で、そのフレーズが繰り返されるだけにその根深さを感じ取れるというか。「器用に不器用やるクセがほら とっくにバレているのに」というような言葉がたまらないですね。こういう言葉を身体から生み出していきたいなと思ったりする。

 

5.「部会」

「例えば僕らが意味のない生き物だとしても 関係ない 関係ないのさ」「例えばあなたが僕らを遠ざけても 気にしない 気にしないのさ」

ノスタルジックな響きの中で、開き直って生きていく歌。私にはどうも意味を追い求めてしまう癖があるし、誰かの目もどこか気になってしまう部分があるけれど、そんなものを笑い飛ばしてしまえるような感じがして、すごく好きです。笑い飛ばすというよりは、どこ吹く風というべきかな。もっと俗世から離れていて達観しているような曲に聴こえるが、それは諦観なのかもしれない。

 

6.「ひとりとひとり」

3年前に発表されていた曲。そして私が家主を知って、好きになった曲でもある。

「自分の弱さを他人に見せられたら 自分の力をテラわず歩けるか」「人はいつでもどこにいても ひとりとひとりが集まっているだけだろ? へい、気にしないでくれ へい、俺は楽しんでるよ 気にしないでくれ 風に葉が揺れているよ」

会社への道でよくこの曲を口ずさんでいた。自分の弱さを認められるようになったのはこの曲のおかげでもあると思っている。間奏も含めて全てが好き。

「部会」と同じく、やはり諦観からの開き直りというか、他の誰の物差しでもない自分の物差しで生きていこうとするようなイメージがある。他人から理解され得ないとなった時に、踏み潰していくぞという感じではなく、まあいいやって感じで。

 

7.「オープンエンド」

王道感がある。「Where do I wanna go?  Do I want ?」と問いかけながら我々は生きている。本当にやりたいこと、本当に行きたい場所、歩みたい人生。そういったものへの渇望というか、叫びが伝わってくるような気がして、すごく好き。

 

8.「耐えることに慣れ過ぎている!」

「ここを離れて向かう場所はあるのかい?まぶたを閉じて深く息を吸うことしか」あたりの音がすごく好き。あと間奏。

 

9.「free as a stone」

始まりのコーラスから心を掴まれる。「オープンエンド」では「意味はまだあるさ」と希望を見出していたけれど、そこからの答えとして「僕には何が出来るのだろうか 僕には何が見えるのだろうか 下らない毎日があるだけだろ」「僕を自由にしたいよ やるべきことなど、生きる理由のひとつ見つからなくても」と。あと「下らない毎日」から始まって「下ることのない日々があるだけ」と結ぶの、言葉遊びのようだけれどいいですね。

 

10.「Dreamy」

結構前に発表されてた曲の新録。心地よい響きの曲で、結構好き。

 

11.「今日はひとりでいようね」

締めの曲というべき感じで、孤独というか、結局「ひとり」なんだというこのアルバムに通底するものを体現している。「誰とも会わない記録を伸ばす」というフレーズが好きです。最後、「クズばかりが報われる世の中でも僕は君を信じているよ!」と歌った直後に「今日はひとりでいようね」で終わるのがなんかひねくれ感あっていい。

 

以上11曲。もっと音楽的なことを語れるとこのアルバムの良さをちゃんと伝えられるような気がするんだけど、私には素養がなさすぎて辛い。でもとにかくいいです。「ひとり」でいることを肯定してくれるこの曲たちが私は好きで、多分ずっと聴き続けると思う。2021年発表のアルバム「DOOM」も素晴らしかったけど、その上をいったと思う。今年はツアーに何回か参戦できると思うし、今からそれが楽しみで仕方ない。本当にいい音楽を作るんですよね。家主にはブレイクして欲しいような気持ちもあるし、今のまま「草野球」(本人たちがインタビューで言っていた)を続けて欲しいような気持ちもあるが、とにかく変わらずいい音楽を作り奏でていって欲しいな。

最近のこと

最近は書くことといえば何らかの出来事について書くことが多くて、思考を書き残しておけていないような気がしている。その方が書きやすいというか、あまり自分の感情を揺さぶることなく書けてしまうからついそちらに流れてしまう。

今は働いているわけでもなく、試験前で追い込まれるでもなく、そんなに精神的に大変なこともないから内面的なことを書く必要性がそもそもないのかもしれない。

私がここで内面的なことを書いているときは、大抵自己治療のために書いている。フォーカシング的な、あるいはカタルシスのような役割を書くことに持たせている。でもその治療を今は必要としていない。それは多分幸せなことで、それでいいのだと思う。そんな自分になってしまっていることには少し寂しさを覚えるのだけれどね。もっと不幸であれ、苦しめ、その方が色々考えて自分というものを深く見つめられるようになる、いい文章も書けるようになる、なんて考えてしまうのは不健全極まりない態度で、だからそれを肯定することはないのだけれど、否定もできない。ただ、今がその時ではないというだけ。きっとそのうちにそういうタイミングがやってくるから、その時に考えればいいし、書けばいいのだと思う。

 

1月ってこんなに寒かったんだな、と思う日々が続いている。新宮に行った日なんかは16℃とかあったからもう春のような気持ちでいたのだけれど、今はもう冬。風の冷たさに顔を顰めながら、でもこの冷たさを楽しみたいなとも思う。

夕暮れ時に空が綺麗だったから、なんとなくずっと眺めていたくて、西日を追って自転車を走らせた。浮かんでいたのは2日目の月で、最終出社から1ヶ月が経ったことを知る。もう働かなくなってからそんなに経ったということをいまだに信じられずにいる。

その前の週には手続きのために会社に行った。とても久しぶりに会う人たち。少し気まずい気持ちを抱えながら、すれ違う人に「お疲れ様です」と挨拶をしたら「こんにちは」と返され、ああもうここは私の居場所ではないんだな、と寂しさを強く感じた。そういうものなんだろうな。仲良い人たちと少し喋ったりした後、後輩たちと一緒に昼飯を食べに行った。あの頃の日々が少し戻ってきたような、それでいてもう戻れないことを強く感じるような、そんな時間だった。

何人かの人からは、今日ちょうどあなたのことを考えていた、なんて言われ(行くことは別に伝えていなかった)、みんなの心の中に私が残っているならそれはとても嬉しいことだなと思った。怖い、って返しちゃったけど、嬉しかったんだよ。

 

 

引越し先の家を決めた。来月には京都を離れる。10年間住んだ京都、そこからの離別が私にとってどんなものなのかは今はまだ想像がつかない。新幹線を京都駅で降りるとか、京阪を中書島で降りるとか、そういう体に染みついた感覚を引き離すことに多分痛みを感じるような気がしている。京都駅で降りない、という痛み。

鴨川や宇治川の景色、聳え立つ京都タワー、なんでもないような風景、お気に入りの店、お気に入りの寺、そういった京都のいろいろな要素が私を構成している。10年という年月は長く、その分だけ深く刻み込まれてしまったのだろう。きっと忘れられないし、忘れる必要もない。それでも私はここを離れる。

青春というには程遠いような曇り空が広がっていた10年ではあったけれど、それでも京都は青春の街だったんだと思う。子供から大人になるモラトリアムを過ごした街で、モラトリアムを許容し続ける街でもあった。

私はこの街にモラトリアムを置いていきたい。覚悟を持って新しい道に踏み出す、そのために私はここを離れるんだ。そういう意味を持たせることで、私はもう一歩だけ踏み込めるようになる。そしてまたいつか戻ってくればいい。

 

やっぱり心への踏み込みが足りないな。もっと孤独に自分の心と向き合う時間を作らなきゃ、納得のいくことが書けない。幸い時間はある。3月までの間にもう少し沈み込んでおきたいな。