思い出の向こう側

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西へ東へ

少し前にふと思いついて考えていたことがある。

 

「東(ひがし)」と「左(ひだり)」、「西(にし)」と「右(みぎ)」。

それぞれ文字数が同じだけでなく、母音の構成が同じである。片方だけなら偶然かもしれないが、東西両方とも左右と韻が同じとあれば、偶然ではないのではないだろうか。

つまり、「東(ひがし)」と「左(ひだり)」、「西(にし)」と「右(みぎ)」はそれぞれ語源が同じ組み合わせだったりするんじゃないかーーー。そんな仮説を立てていた。

 

現代に生きる我々は、北が上に描かれた地図で教育されている。だから「東」=「右」、「西」=「左」という意識が強いように思う。地図上ではそのように描かれているからだ。

けれど、それはそのような地図が生まれてからの話であって、言葉としての「東西」や「左右」が生まれた頃の話とは違う。

少なくとも、平安の時代まで遡ればそれは理解できるだろう。平安からの京都の地名にはその左右観が表れていて、左京区が東側、右京区が西側にある。これは御所(天皇)から見て左を左京、右を右京と呼んでいたからだ。京都の町は御所から南側に広がっているから、南向きの見方をすると、現代の北向きの見方とは逆になる。

この考え方自体は平城京の頃でもそうだったようだ。こちらも左京が東、右京が西にあったらしい(平城京Wikipedia参照)。条坊制と呼ばれる都市計画ではこのような街づくりが行われていたという。

なぜ御所は街の北側にあり、南向きで名前がつけられるのだろうか。調べてみると、「南面」という考え方にぶつかった。古代中国では、「天子は南面す」という言葉があり、南に向かって政治を執るという慣しがあったらしい。それを輸入した形の日本でも天皇は御所から南を向いて政治を行っており、そのような使い方になったのであろう。

この辺りの話は、

このページを参考にしました。

 

で、古くは「東」=「左」、「西」=「右」として認識されていたこと自体はわかったけれど、語源が同じかどうかまではわからなかった。

これはなんとかして調べなければ。

 

 

というわけで軽くネットで調べてみた。コトバンクを中心に使いました。

 

「東」の語源……古くは「ひむかし」で「日向し」の意(日が出てくる方に向かって、という意味か?)。「ひむかし」→「ひんがし」→「ひがし」という変遷らしい。

 

「左」の語源……「日の出の方(ヒダリ)」という記述があった。

”岩波古語辞典(補訂版)では「太陽の輝く南を前面として、南面して東の方にあたるので、ヒ(日)ダ(出)リ(方向)の意か」とある。”(右と左と、どっちがえらい? - ことばマガジン:朝日新聞デジタル

この記事中では、”陰陽道の「左=陽・右=陰」とも結びつく。古事記で、イザナギの左目から太陽神のアマテラスが、右目から月神ツクヨミが生まれたとされている”とも書かれている。もしかしたら、「天子南面す」という古来中国の考え方が輸入される以前から、日本では「左」から太陽が出てくると認識されていたのかもしれない。古事記が書かれた時代にはもう輸入されていて、それを反映しただけかもしれないけど。奥が深そうだ。

 

以上を見るに、「東」と「左」は元となる言葉自体は違っていても同じ意味の言葉から成立した概念であり、その結果似た可能性はあるように思う。少なくとも「ひ」に関しては由来は同じだ。

 

西の語源……”語源的には、日の「いにし(往)方」とする『日本釈名(しゃくみょう)』『和訓栞(わくんのしおり)』などの説、日没する意の「ひねし」の転とする『東雅(とうが)』などや、「にぎし(和風)」の義とする『大言海』などの諸説がある”(西とは - コトバンクより、ニッポニカの解説から引用)。

”「し」は風の意。風位からその方角をもいう。「に」は「去(い)に」の「い」の脱落で、日の入る方角の意という”という解説をしている辞書(精選版日本国語大辞典)もあり、「いにし」から来てる説が有力のようだ。

 

右の語源……調べてみた感じ、何やら不明っぽい。手で物を握る方なので「にぎり(握り)」が転じたとする説や、右は南を向いた時に西にあたり日の沈む方なので「みきる(見限)」が由来とする説、かばうようにして物を持つ手なので、「みふせぎ(身防)」の説など。昔は「みぎり」(「ひだり」に音韻を合わせた?)とも使われていたようだけど、そもそも「みぎ」→「みぎり」か「みぎり」→「みぎ」なのかすらわかっていないらしい。

 

以上を踏まえると、「西」と「右」に関しては関連性は不明だった。こちらの韻が同じになったのは偶然かもしれないし、「東」と「左」との対称性からこちらも似た音韻になったのかもしれないし。わからないね。

 

ということで、仮説の検証としては、語源は一緒ではなかったので仮説立証ならず、という感じ。でもほぼ同じところから来てるようではあった。ちゃんと調べれば色々分かりそうだけど、それをするには教養が足りないと感じたので、少しずつ勉強してみようかな。

 

(追記):調べてる中でへーっとなったのは、「西も東も知らない」という慣用句があることである。意味は今でもよく使う「右も左も分からない」と同じだった。