「バッテリー」という小説がある。
著者はあさのあつこ。中学生の野球を題材にした青春ものの児童文学で、全6巻。ベストセラーになっていた。どこの小学校の図書室にもおいてあるレベル。アニメやテレビドラマにもなったから、この物語に触れたことがある人は多いんじゃないかと思う。
私はこの「バッテリー」がすごく好きだ。
初めて読んだのは小学生の頃。多分4、5年生くらいだったと思う。図書室に置いてあったのを夢中で読んでいた。何度も何度も読んだ。
中高大、そして社会人になった今でも、ふと思い出した時に、1年に2回くらい読み返すことがある。その度に好きな気持ちが増していく。もう何回読んだかはわからないけど、それでも毎度新鮮な気持ちで読むことができている。
ここまで繰り返し読んだ本は他にはない。私にとっては「バッテリー」はバイブルです。
「バッテリー」の何が私をここまで惹きつけるのか。こんなもん分析して細分化して語るのなんて野暮で、読んでくれればわかると言いたくなってしまうけれど、それでは何も生まれない。抜け落ちてしまう魅力はあるだろうけれど、なんとか書いてみようと思います。
①文章のリズム感、言葉の紡ぎ方
まずもって文章が良い。何が良いかと言われると難しいんだけど、すごく私の感性に合う。いや、むしろこの文章に出会えたことで私の感性が形作られたのかもしれない。私の書いている文章は相当この「バッテリー」に影響を受けている気がする。文体とか、言い回しとか。
特に、地の文で少年たちの思考や感情を表現しているところが好き。整理されていない、その場面場面で揺れ、迷い、行ったり来たりする生の感情や思考をそのまま、内なる声として表現している。地の文でありながら、それは彼らの心の中の声として届いてくる。
この表現手法を私はよく使っている。自分の心の内をつらつらと書いている時、構成など何も考えず、ただ自分から出てきた言葉や思考を垂れ流しにするような形で書いていることが多いのだけれど、その原点は多分ここから。
あと私は書いている人の声が聴こえてくる文章が好きなんだけど、それも多分ここからですね。
それに加えてというか、むしろこちらの方が大きいのだろうけど、文章が格段にうまい。人物、感情、風景、季節、空気感の描写力がすごいと思う。人が生きている様をくっきりと描けているから読んでいる側も入り込めるし、その人々が生きている空間を緻密に描けているから情景がありありと浮かび、同じ空気を吸えているような気持ちになる。舞台は岡山県の新田市とか横手市(いずれも架空。モデルは美作あたりらしい)なのだけれど、鮮明に描かれているからなんか行ってみたくなるね。
あと比喩的なというか、感情や変化を何かに託して表現するのがとてもうまいと思う。季節を表す言葉も、花を描く言葉も、吹き抜ける風も、全てが人を描いているように思えてくる。
中学入試の国語の題材によく使われていたが、それは本当によくできた文章だったからなんだろうなと、改めて思う。
②思春期の呻き
思春期特有の衝動や、不安定さ、他者や自分への苛立ち、捉えようのない漠然とした感情、不安、劣等感、憎しみ、自尊心、そういったものがすごく丁寧に、全編を通して描かれている。
時には喧嘩もし……なんてレベルじゃなく、ずっと何かしらの衝突がある。けれどそれは少年たちが自分の抱えているものをちゃんと大事にし、それを妨げてくるものに抗おうとしていることの表出である。そしてその衝突で少年たちが上げる呻き声が聴こえてくるのが本当に好き。ギリギリと音を立てているような。「ちくしょう」という言葉がよく使われているイメージがある。
③登場人物の成長
この物語は少年たちの成長の物語だ。成長、なんて言うとちょっと違うかもしれない。変わっていく様を見届けるのは素直に面白いし、楽しい。そしてその変化は少年たちだけでなく、周りの大人たちにも見てとれる。
他者を慮り、尊び、受け入れるようになっていく。言葉にしてしまえばチープなものだけれど、それが物語として美しく描かれている。
彼らのどういった変化が特に好きか、一人一人について書いてみようかな。
誰がどんな人かは書きません。読んだ人だけがわかればいいやくらいの気持ち。
・原田巧
物語の中心だから一番変化が描かれているわけだけど、少しずつ人と向き合えるようになった、人を理解しようとするようになったところが好きかな。優しくなったとか丸くなったとかとはまた違うのだけれど、人としての成長って感じがあって好き。強靭さと裏腹の脆さを持っていると描写されていたけれど、そこをうまく融合させて強くなった感じなのかな。
私は他人に興味があまりない人間で、だから巧の変化を羨ましく思う。
・永倉豪
人間としての変質が一番強く描かれていたと思う。迷い、悩み、敵わないことを知り、それを受け入れ、覚悟を持った。強くなった、という感じでもないんだけど、他に適切な言葉が思いつかない。変わった、としか言えないのかもしれない。変化の過程が好き。
・原田青波
幼い子供の持つ無邪気さとか純真さみたいなものが、徐々に変容していくというか、それだけじゃなくなっていく姿が好き。いつかこの子も大人になっていくのだろうという遠い目で見守る感じ。
・瑞垣
一番感情移入しているかもしれない。器用さゆえに自分を誤魔化し続けていたけれど、それがうまくいかなくなった時からの変化がすごく好き。彼を中心に描かれている「ラスト・イニング」(6巻完結後の続編のようなもの)は本当に何回も何回も繰り返し読んだ。バッテリーは天才原田巧とそれを受ける永倉豪の物語であり、天才門脇と共にいた瑞垣の物語でもある。天才が側にいることの苦しさみたいなものは胸にくるものがある。なんでもできる優秀さみたいなものを纏った人物だったけれど、途中からは突き抜けられない中途半端さみたいなものの象徴的な人物になっていた。一番人間らしさを感じている。キッパリ諦めようとしたのに結局諦めきれないのは今の自分とすごく重なって、だからとても好きです。
・門脇
天才と呼ばれ続け優等生キャラだったのが、巧との出会いから怖いくらいに変わった。約束されていた将来を半分捨ててまで執着するほどの変わり方は本当に恐ろしい。でもそれは人間的にいい変化な気がするので、なんか好き。
・海音寺
天才という業を背負った巧や門脇、その一番側にいてしまったという業を背負ってしまった豪や瑞垣とは違い、少し距離がある。だからこそ描かれている変化は彼らと比べて小さめではあるけれど、確かな成長のようなものを感じる。作中で一番いいやつ。彼が中心に描かれているシーンは大体好き。
・戸村
強権的で管理型だった監督が、巧というピッチャーに揺さぶられ、少しずつ変化していく。最後の方では対等な感じで描かれるようになっている。大人側も少年たちに影響され、変化していくところがこの物語の良いところかもしれない。この変わり方はね、なんかいいですよ。
他にも色々あるけれど、あんまり書きすぎてもしょうがないしこの辺にしておく。あとは母や祖父との関わりを通して描かれる変化も好きだな。
④答えをくれる気がする
読んでいて人生の教科書的だなぁと思うことがある。少なくとも私にとっては。
何度も読み返しているのだけれど、読みたくなるタイミングは多分何か悩んだりしている時で、そういう時に答えじゃないけど気づきを与えてくれるような気がしている。
今だってそう。かなわねぇなぁという劣等感と、そこから沸々と湧いてきてしまう憎しみに似た感情と、それを解消できない苛立ちとをずっとどうすることもできずに持て余していた。
そういう自分の抱えているものが、作中の少年たちの姿に被ったりする。彼らの物語を見て、ふっと自分のこととして考えて、少しだけ道を教えてもらえたような気持ちになる。そうだね。立ち止まった時に、道がわからなくなった時に読んでいるのかもしれない。
勇気をもらうとか、力をもらえるとか、そういうことではないんだけどね。生きていることの、若さの瑞々しさみたいなものに触れて、確かに自分にもあったそういう時期を思い起こす。森林浴のようなものかもしれない。
今は読んでいると、自分を誤魔化すなよと何度も声が聴こえてくる。瑞垣が自分に重なってくる。
巧に憧れ、豪に頷いていた子供の頃があった。いつからか瑞垣に深く心を刺されるようになった。いつかはきっと海音寺だったり、門脇だったりした。そうやって読み方は変わっていく。
惹かれている理由をいくつか挙げたけれど、これじゃ全然魅力を書けていないなぁと嫌になる。
もっと瑞々しく良さを描けるようになりたいなぁって思ってしまった。でもそれの究極のゴールは多分「バッテリー」そのものになってしまうので、どのみち無理なような気もする。難しいね。
これからもきっと何度でも読み返すし、その度に新しい発見がある。出会えてよかったな。