思い出の向こう側

好きなものや思い出について書いたりしています

風走る5月

GWが終わり、明日(もう今日か)からまた授業が再開される。明日の朝までの課題が未だに終わっていなくて、なんでこんなことになっているんだろうと自分を呪う。本当は今日ちゃんとやるつもりだったのに、うだうだしていたらこんな時間だよ。眠い。でももう少し頑張らないと。自分のために。こんなこと書いている場合ではないかもしれないけれど、どうにも体も心も向き合えなくて、だからここにいる。こうやって書くことくらいしか、私は乗り越える術を知らない。外は雨が降っている。雨でなければ、この時間から自習室に行って頑張るなんてこともできたかもしれないけれど、雨では無理。

 

五月病、と言ってしまえば簡単かもしれない。気を張っていた最初の1ヶ月が過ぎ、少し気が緩み、そして連休で地に堕ちる。まあ無理もないよなと思う。休みは必要だけれど扱いが難しいな。休むということ、また動き出すということ。まだ私は休み方が下手なままなのかもしれない。後悔を繰り返して休みが終わる。

明日までの課題があることは幸せなことかもしれない。強制的に動き出すことでまた歩いていける。大学院は別に強制ではないもので、だからある意味サボったところで問題になるわけでもないのだけれど、だからこそちゃんとやり通したい。自分で選んだこの道を自分で進むということ、その自己効力感はきっと幸せなもので。頑張りたいし、今の私は多分頑張れる。働いていた時にやっていた勉強よりもはるかに楽で、恵まれている環境の中で歩めることをしっかり噛み締めていたい。大学からそのまま大学院に進んでいたら、きっとその環境に慣れてしまって、何も思わなくなってしまっていたかもしれない。遠回りをした分、得たものがある。忘れずに進んでいきたいね。

 

よし、気持ちは上を少し向いた。一歩一歩やっていこう。いつかこの一歩が実を結びますように。

タイトルはこの曲から。風に乗って私も走っていけたらいいな。

 

(追記):

最近、追記が本題と関係ないこと(それ単体で書くには少ないようなこと)を書く場になってしまっている。まあいいか。そういうもんだ。私がここのルールだし。

 

この対談記事があまりにも私に刺さったというか、この大好きな二人がこのタイミングでこうやって語り合うなんて!ちょうど家主のライブを大阪で見た翌日に出たもんだから、興奮がしばらく止まらなかった。家主とかくるりがお好きな方、ぜひ読んで。

家主 田中ヤコブ×くるり 岸田繁、音楽に投影する“社会と自分” The Beatlesを継承する意義も語り合う - Real Sound|リアルサウンド

 

他に何か書くことあったっけな。あるような気もするが、それを思い出すよりはまず目の前の課題に取り組むべきで、まあまたどこかで書くのかもしれない。


好きな音楽に出会えました。サビ終わりの「教えてあげない」がとても好き。