思い出の向こう側

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はじまりはいつも雨

梅雨入りしちゃいましたね。今年の西日本は異常な早さだったらしく、近畿では平年より21日早いらしいです。すごい。過去最速を6日も更新したとか。異常。

梅雨になると当然のことながら雨が多く、自転車で出勤している私にとっては憂鬱な日々の始まりです。カッパを着ればいいんだろうけど、後始末とか色々と面倒なのでカッパはできれば着たくない。バスで通うのも不便。歩くには少し遠い。ただでさえ朝が弱いのに、雨の日はいつもより早く家を出なければならないのでさらにしんどくなる。嫌なことばかりです。

雨。やはり好きにはなれない。部屋にいる時の雨音は好きだけど、それは部屋の中にいるからであって、外に出たら雨音はただのノイズになる。

早く梅雨が明けてほしいとも思うけれど、それはすなわち暑い夏の始まりでもあるので、あまり嬉しくもないことに気づく。わがままですね。

 

そんな日々の中、ふとASKAの「はじまりはいつも雨」を聴きたくなった。

Apple MusicにはASKAの曲は入っていない。追加される日も多分来ない。だから近所のビデオ屋に行って、アルバムを借りてきた。聴く。いい。綺麗な歌詞、歌。

「君に逢う日は不思議なくらい雨が多くて」

雨女なんじゃないか、なんて言いたくもなるけれど、そんな捉え方をするのはとても無粋だと気づく。この歌はもっと綺麗だ。雨女なんて言って雨が降るのを君のせいにするような心ではない。君がいて、雨があって、それで幸せで。雨が似合うっていう表現もどこか違うような気がする。

「君を連れ出す度に雨が包んだ」

「包んだ」という表現の美しさ。今の私には到底このように雨を表現できる気がしない。だって私は雨が好きじゃない。

この歌の主人公だって、別に雨が好きというわけではないんだと思う。「君」とその全てを愛しているからこそ、「包んだ」ように見えるのだろう。「君」がいる景色だから、雨の景色が好き。その心の純粋さに、叶わないなぁという気持ちになる。

「今夜君のこと誘うから空を見てた はじまりはいつも雨 星をよけて」

美しいね。空を見る。やっぱり雨。それがなんだか幸せなんだろうな。「星をよけて」って表現もやはりいい。

 

雨を歌った歌はたくさんあるけど、肯定的に捉える歌はそんなにないんじゃないかと思う。冷たさとか気怠さのイメージの歌が多いし、失恋とかの比喩にもなることが多い。

だからなんとなく、この歌を聴いて梅雨を乗り越えたくなったんだろうなと思う。

 

はじまりはいつも雨。

特に何かはじまったわけではない日常の中で、雨が降るたびに、何かがはじまったらいいなと思えるのは幸せなことなんじゃないかと思う。少し雨が好きになれた……と言いたいところだけれど、実際降られるとそんな気持ちにはなれないですね。人間、変われないや。

でも、雨の中でこの曲を思い浮かべると、少し笑顔になれる自分がいることにも気づく。それでいいんだろうな。