思い出の向こう側

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故郷と人

前に、私には故郷がない、と書いたことがある。

その気持ちは今でもあまり変わらない。今住んでいるこの伏見の街も、やはり故郷にはなりそうもない。

 

なぜ”ない”と感じてしまうのだろう。

それはその街に住む人々とのつながりが希薄だからなんじゃないか、と思っている。とてもありきたりだけれど。

 

小平の街に住む人々の顔を、私はもう知らない。小学校の同級生の顔だって、今会ったとしてわかるとも思えない。私がいない間に変わってしまった街に思い出は飲み込まれていった。

そして、あの街にいた頃の友達のどれだけが私のことを覚えているだろうか。関わりがなくなれば忘れてしまうのが必然だ。私だって覚えていないし、向こうも覚えていない。

近所の人々は覚えていてくれるかな。忘れられていたら嫌だな。でも、近所の子供たちで集まって家の前の道で遊んでいたのはもう15年くらい前のこと。そのうちに遊ぶことも、話すこともなくなってしまった。そしてあの頃一番年下だった子供もおそらくもう大学を卒業している頃だろう。もう皆がどうなっているのかを私は何も知らない。

 

京都の街は、まだ私にとっての故郷だと思えているのだけれど、結局それは街に知り合いがいるからでもあるだろう。先輩や同期もまだ京都にいてたまに会ったりするし、部の後輩もまだ関わりがあった世代が残っている。顔馴染みだったラーメン屋やうどん屋があったりもする。まだ離れて間もないからではあるけれど、私のことを覚えてくれている人たちがこの街にはいる。だから故郷と呼びたくなるのだろう。

だけど、そのうちにこの街から皆去ってしまうだろう。そうなった時に私は京都を故郷と呼べるのだろうか。自信がない。

 

そして今住んでいる伏見の街。私にとってこの街は故郷になり得ないだろうな、と感じている。この街には知り合いが会社の人くらいしかいない。このご時世もあって飲み会なんてものもないから、社外で会うこともまずないし。飲み屋に行くことも全然ないし、小平・江古田・百万遍のように通い詰めるほどに好きな飲食店もないから、誰一人として私を覚えている人がいない街になってしまっている。

なかなかこの街を好きにもなれない。CDショップもないし、まともな本屋も一軒もない。商店街の店もなんだか合わない。私にとっては居場所たりえる街じゃない、と感じてしまう。そのうちに去る街、という思いが日に日に強くなる。余計にこの街に出会いを求めなくなる。

 

人生は故郷を探す旅、ってどこかで書いた。だけど、今の私でいる限り、ずっと故郷は見つからないだろう。その街に住む人々と関わりを持たないのだから、街と私の繋がりが強くなるはずもない。そんなことを思っている。

伏見、あるいは次に住む街で、どこかで街の人々と繋がれるようにしていかなければいけないだろうな。知らない人と新しい関係性を築いていくのは苦手で、ずっと避け続けていた人生だったけど、どこかで頑張らないといつまでも故郷を見つけられずに終わってしまうような気がしている。

学生時代はクラスとか部とかサークルとかっていう分かりやすい機会があったけれど、社会人になるとなかなか大変だ。まあでも例えば飲み屋とか、ギターを習いに行くとか、そういうところからでも始めればいいんじゃないかとは思っているので、そのうち頑張りたいな。そのうちね。