思い出の向こう側

好きなものや思い出について書いたりしています

何かを吐き出しておかないと眠れないような、そんな夜が続いている。落ち着かなくて、鼓動が少し早くて。

 

もう寝なきゃいけない時間。

23時に寝てしまえば翌朝がとても楽で、24時だとギリセーフで、25時はしんどくて、それ以降はギルティーだって最近なんとなくわかってきた。なのに24時から書き始めている。この過ごし方はあまり幸せになれなさそうだ。

 

気持ちを落ち着かせるために何かを書いておきたい。でも、それが何かをわかっていない。気軽に書けそうなことをいくつか書き出してみたけど、気持ちがちゃんと乗った文章にはならなくて下書きのままだ。多分違うんでしょうね。

 

あるいはちゃんとした文章を書く余裕がないか。今書いているこの文章は思いつくままに言葉を連ねているだけだから、あんまり考えずに書けている。そうか、今私が求めているのは、頭の中をぐるぐると渦巻いている思考をただひたすら言葉にしていくことなのかもしれない。脈絡がなくてもぐちゃぐちゃでも構わないから。それが「吐き出す」ということなんだろうから。冒頭で何も考えずに「吐き出しておかないと」という言葉を選んだけど、きっとそれは身体的欲求として自分の中にあったから出てきたんだろうな。定期的に吐き出していきましょうね。

 

自分の中に確かに存在している、矛盾に溢れた感情や思いや思考。矛盾をなくして一本筋にしなければと思ってしまう時もある。だけど、その矛盾も吐き出して矛盾ごと抱えていかないといけないと感じている。

そのままにしていたら相反するものの間で引き裂かれていってしまう。そういう状態に今あるのかもしれない。自分の中で何かまとまりのないものがあって、足元がふらついていて、どうしたらいいのかもわからなくなって、不安で。芯が矛盾に侵されボロボロになっているような感覚。芯を再生するために一旦全部吐き出して目に見えるようにしていこう。

 

ちょっとスッキリした。これで眠れるかもしれない。ブログを書かなきゃ、と思いつつ筆が進まないし書きたいこともわからない、という苦悩も一つの原因だったのかな。書きたいことが見つからなかったら書かなくたっていい場所なんだけどな。毎月3回くらいは書こうと心に決めてから、それが重荷となっていたのだろう。強迫的という感じがあった。もっと解放されていこう。自分を縛るものから。自分で縛らないようにしていこう。結果的に月3回書けたらいいってくらいに思っておこう。

 

せっかくだからもっとちゃんと吐き出していこうと思ったけど、今はいいや。今夜眠るにはこれで十分。また今度吐き出す時があるだろうから、その時に取っておきます。